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卓828 優しい君は

水越 卓治 2025.08.08

この時季は、学期期間中よりゆっくりめに出勤。

( 2025/7/30  8:15  この日は白山にある なか卯 でお昼をゲットし、このルートでの出勤。 )


連日、朝8時の時点で30℃超え。
このあと昼を過ぎれば、人の平熱をやぶる高さに。

( 2025/8/6  8:22 )


水曜日。
この日の8時過ぎの車内のラジオはAM。NHK第1に。

( 2025/8/6  8:15  酒詰交差点の赤信号にて、わずかながら黙とうを。 )


人の生活空間に核兵器が投下されて、80年が過ぎました。

瞬きをしても何も変わっていない平和がただここにあります。



家は8時少し過ぎに出ますが、その30分前に、
洗面等を終えて朝食をとりながらNHK BSで見るのが、
朝ドラ・『あんぱん』。8時から総合で見直すことも可能。

4月から始まり、全体の7割くらいのところまで話は来ていま
すが、ご存知の通り、漫画家・やなせたかし(1919-2013)と
妻の暢(1918-1993)の半生を描いた注目作です(歴史的人物
同様、敬称略で記してまいります。)。


1988年から日テレで始まった国民的なテレビアニメ
『それいけ!アンパンマン』の作者であることは周知で、
とりわけ、テーマ音楽の中に彼が綴ったあの哲学的なフレーズ
を子どもたちがにこやかに絶唱するのが聴かれるようになって
三十数年になることからも、最大の代表作にちがいありません。

先週などは、百貨店の三越に勤務していた時期が主に描かれ、
かの包装紙のデザイン誕生秘話の再現も興味深く視聴でき…。

やなせたかし関連の話をあと数題ほど、つれづれに…。


1.イラスト入門
思い起こせば、生前のやなせたかしをテレビでじっくりと
視聴したのは、1984年でした。

この年の私は、大学受験・一浪の年で、午前中は御茶ノ水の
予備校へ行って授業を受け、昼過ぎは不得意教科の勉強を
自習室で数時間やって夕方市川まで帰宅する…といった生活。

いよいよ共通一次試験まであとひと月…といったあたりで、
受験勉強専念であまりテレビを見ない感じではあった中、
夜7時半からNHK教育(現Eテレ。当時は3チャンネル。)
で『趣味講座・イラスト入門』なる30分番組が週1で始まり、

聞き手の女性アナとともに眼鏡でひょうひょうとした容姿の
やなせたかしのレクチャーを見るようになりました。
言葉少なでもなく、かといって饒舌な感じでもなく、
自身や他のイラストレーターの作品なども引き合いに出しなが
ら、何か引き込まれる口調での講義で、退屈しませんでした。

たとえば、ゲストで出ていた 本くに子 の作品に対して、
「この人の(画風)は、絵本やぬりえ大好き少女がそのまま
イラストレーターに…」といった感じの話と記憶しています。

また、出演はしていませんでしたが、湯村輝彦の作品
(その頃のオロナミンCのCMのイラストや、矢野顕子の
『ただいま。』のジャケットなどで脚光を浴びていました。)
に対して、「最近いう『ヘタウマ』という画風なんですけど、
漂う迫力がすごい、こんな画わたしにはかけませんよ~。」
といったコメントも耳に残っています。すでにVHSビデオが
ほぼ普及した時代ゆえ、もう一度エアチェックしたいです。
NHKアーカイブス利用すればいい話ではありますが…。

大学受験直前の時期、自分の中では受験教科とは概ね関係は
ありませんでしたが、何かを得ていたことは確かです。


2.銀ドラのオープニング
高校時代、夜9:40~10:00のNHK銀ドラ(銀河テレビ小説)で、
作品名は忘れましたが(タイトルのリストをサイトで見ても
どれだか思い出せません)、オープニングのロールの背景で
イラストが数コマ出ていたのが by「やなせたかし」でした。

家屋などに目鼻が書いてあるなど街並を擬人化して描いてあっ
たもので、目の描きかたなどがアンパンマン内のキャラに通じ
る風合いがあったように記憶しています。これもエアチェック
ができませんです。


3.『手のひらを太陽に』のLP盤
4年前の8月に、やなせたかし作詞の名曲のレコードと
お別れした日がありました。

独居だった父が2月に施設に移り、4月に逝去、
その後、住まいの家財道具の断捨離を続けたのち、
引き取り業者にほぼすべて片づけてもらう日がありまして、

( 2021/8/18  7:50  亡父の旧居にて  )



朝、業者が来る少し前に、「ああ、こんなレコードあったよな
ぁ…」としげしげと眺めていたのは、『手のひらを太陽に』が
入ったLP盤でした。

B面には合唱組曲『チコタン』まで収録されていましたが、
売ればいくらになどと思う気持ちよりも、
早く部屋を片づけきりたいという思いの方が勝っていたため、
他の物品とともに業者さんに運んでいってもらいました。



4.『夕やけに拍手』
少年時代、
家のすぐそばに小学校があり(自分も通いましたが)、
クラブ活動なのか、女子の合唱で『夕やけに拍手』という曲を
何遍も何遍も練習する声が聴こえてきたことがありました。
今調べてみると、この曲も、やなせたかし作詞。

さらに、Nコン(NHK全国学校音楽コンクール)の1975年の
小学生の部の課題曲にもなっていたことが、
NコンのHPを見てわかりました。ちなみに小4だった年。
この曲を習って直接歌うことはありませんでした。

その前年の、『気球に乗ってどこまでも』(東龍男作詞)も
同様に、習ってないけど、歌声は幾遍も聴いていた曲でした。


5.法務省の人権イメージキャラクター
上述の亡父が逝去する少し前に、
とある用事で法務局を訪れました。
その際見かけたのは、

( 2021/2/15  15:42   一見、赤ちゃんマンの親戚たちかと思いました。右は、ここでもらえたトートバック。 )


人KENまもる君と、人KENあゆみちゃんでした。
2004年に誕生し、さらに、
『人権イメージキャラクターソング ~世界をしあわせに~』
の作詞・作曲まで手掛けていますが、
そのどれの存在にについても、2021年まで知りませんでした。


6.「みんなの夢まもるため」
『アンパンマンのマーチ』で結びに唄われる歌詞ですが、
このタイトルの書籍をきょう、ゲリラ豪雨に降られながら出向
いた書店で購入し、読んでいます。

( 2025/8/8 )



朝ドラ『あんぱん』で描かれる史実的な部分を、
やなせたかし自身が綴った文章で読み入ることで、
時間をかけて辿った道や開花させた実力を学ぶ手引として、
家人とともに学んでいく感じでおります…。




「記事一覧」へのリンク

ARCHIVE

P.S.1
最後の写真にある本の帯に写っているやなせたかしを見て、
息子(24)が「吉田類(さん)かと思った。」と言うので確かめ
れば、ああ、たしかに雰囲気が似ているではありませんか。

どちらも、寡黙でも饒舌でもなく何か聞いていたくなるような
語り方をするのも共通しているし、それになんと、
高知県人であるという共通点までありました。

調べてみると30歳違いのようですが、対談とか実現していたら
面白かったねなどとこちらでは勝手に話しておりまして…。

P.S.2
気づけば本稿に「NHK」なる単語を合計6回も出していま
すが、決して推しまくっているわけでは全然ございません。
受信料はケーブル会社経由でちゃんと年一で納めております。

P.S.3
表題 「優しい君は」 の 拡大解釈コーナー
・・・諸勢力間の対立を、卑劣さを伴わない手段で収束に
向かわせる国家元首はこの世界のいずこに居ようか・・・。

以上になります。